月に手を伸ばせ、

届くわけなどなくとも。

2022/12/10 日記

 朝少しバタついて、PARCOについたのは開演まで30分を切っていた。幽霊はここにいるを観劇するためにはるばる一時間ほど電車に揺られ渋谷までやってきた。他の階でお手洗いを済ませ、エスカレーターで8階まで上がる。エレベーターは混んでいた。入口でチケットをもぎってもらい、パンフレットの購入列を横目に検温と消毒を済ませて赤い絨毯を踏む。パンフは帰る前に買おう。

 劇場に入る瞬間の高揚感がすきだ。誰かと一緒に始まるまで喋っているのもすきだが、ひとりで静かにただ幕が開くのを待っているのもすきだった。

 舞台の上には円形に白っぽい幕がひいてあった。カーテンと言ったほうが近いかもしれない。マーブルのような墨流しのような模様が幕に投影されている。幕の中、ひとつだけオレンジ色の電球が点いていた。チケットに記載されている席を探して腰を落ち着ける。開演まであと10分。やっと一息つける。風が吹き荒ぶ音がしていた。

 

 照明が落ちた。暗闇の中、ハミングが聴こえる。舞台奥から照明が当たると複数の大小様々な人影が幕に映る。少し不穏でおどろおどろしい雰囲気。照明の数が増えると影が乱視の裸眼で見た月のようにブレる。影は幕の中を同じ方向に歩き出す。まるで行進のように。下手から上手方向に幕が開く。隠されていたのは大きな砂場。砂の上を行進する人たちが袖へ捌けていき、二人だけ、砂場に残った。一人は眼鏡をかけ髭を生やした男。上手側で赤い布を三角に立ててその脇へ座った。布は焚き火に見立てているようだ。もう一人は軍服と軍帽を身に纏っている青年。黒い傘を差している。砂が滝のように降っている舞台中央に、青年は傘を差したまま立っていた。ざぁー、と傘に砂がぶつかる。雨の音に似ていた。曲が終わる。青年は砂の雨から外れると、傘を捨て置き、砂の下に隠れていたパイプ椅子を取り出す。椅子をそこに立て、座面へ登る。空を仰いだ。少し眉を顰めるとおもむろに黒いゴム靴を脱ぎ、それを逆さまにした。すると中から砂が流れ出る。

 

「───ッバカ野郎!」

 

 フッ、と会場の空気が緩んだ。クスクスとあちらこちらで笑い声すらする。すごいな、たった一言で。怒鳴ったのは眼鏡の男だった。

「ああ!すみません、穴が開いてしまってるんです。穴の開いたゴム靴ほど不愉快なものはない、まるで吸い上げポンプを履いて歩いてるみたいだ」

「それなら排水用の穴をもうひとつ開けときゃいいのさ」

「なるほど!面白い考えだなぁ」

 そんな身のない会話を、青年は見下ろして、眼鏡の男は見上げてしていた。男はどこか影になるような場所、橋の下だとか階段の影だとか、で雨宿りをしていたようだった。青年はその様子を見て具合いが良さそうだと言い、火にあたらせてもらおうとする。と、男は食べ物を巻き上げようとした。食べ物を持っていなかった青年はアスピリンという薬を渡す。(何粒か渡すだけのつもりだったが瓶ごと持っていかれた。)男が手鏡を取り出すと青年はひどく取り乱した。なんでも鏡を見ると頭が痛くなるらしい。

 ゆっくりあたれと男は置いたままだったパイプ椅子を畳み、砂の上に敷く。青年はその椅子に『なにか』を誘導した。『なにか』はゆっくりと椅子の上に腰をおろした。なにも、居ないように見える。でも確かにいるのだろうと、青年の動きが思わせる。

「…何をしている?」

「見えるんですか!?」

「いや。なにかいるのか?」

「幽霊なんですけどね」

「誰のーーー!?」

「僕の友達」

 オーバーリアクションの男に対して至極真面目に受け答えする青年の構図と会話のテンポ感が小気味良くて面白い。だがこれは演劇で、だから私にそれが見えていても良かったのにこの会話で私には幽霊のことが見えなくなった。

 青年はその幽霊に借りがあるらしい。幽霊の身許探しをする為に死人の写真を集めたいが金がないと話す。また、青年に見える幽霊は彼だけだった。周りの幽霊たちが期待してしまっていると彼に連れられ謝って回っていた。男はそれを聞いてなにやら金儲けの算段を思い付いたようだった。幽霊の存在は信じてはいないようだったが。

 男は大庭三吉、青年は深川啓介と名乗った。

 斯くして二人、いや三人の不思議な縁が結ばれたのだった。

 

 大庭と深川が歩いてる横をすれ違った中年の男が振り返り、「ああ!」と叫びながら走り去る。

 場面転換の為に幕が時計回りにぐるりと一周する。男はその外側を幕と反対向きに走る。時間の経過と疾走感がうまれる。

 新聞社の一室にその男が飛び込む。「ニュースだ、新聞屋さん!」と呼ばれた男、鳥居は取り乱すことなく、机に足を乗せたまま「まる竹さんじゃあないか」と宣った。「僕は今この書物を研究しているのだけどね──」と鳥居は続ける。報せがあって来ているのに聞こうとしない鳥居にまる竹はやきもきしながら台詞を遮るように叫ぶ。「大庭三吉を見たんだよ!」その名を聞いた途端、鳥居の顔が曇る。

 街でも大庭三吉が帰ってきた事は噂になっていた。「まだあの男が帰ってきて差し障りのある連中はいるんじゃないか」と。どうやら鳥居たちには差し障りがあるようだ。

 鳥居は部下の新聞記者、箱山に大庭の動向を探るよう指示を出す。余所者の箱山はうってつけだった。

 

 海の近く、ヒカリ電気という電気屋にやってきた大庭と深川。大庭の家らしい、久方ぶりの帰宅だからと窓から中の様子を盗み見る。中では大庭の娘、ミサコが電気の勉強をしたり、宣伝文句の練習をしていた。深川は結構可愛らしいぜ、と幽霊にも声をかける。奥から大庭の妻、トシエが顔を出す。ヒカリ電気は儲かってる様子はなく、ミサコは街に営業に出ると言ったがトシエは無駄だと一蹴する。トシエはいざとなれば貯金がある──そう言った。大庭はそれを聞いて目を輝かせる。金儲けの元手があると分かったからだ。

 大庭は八年間も行方をくらましていたらしい。意気揚々と家に入っても明らかに歓迎されておらず、また詐欺まがいのことをするのだろう、出でいけという妻と娘を口八丁で黙らせる。いいかモノの価値というのはな、金を払う人間が決めるんだよ。そう高々と話す大庭に深川は面白い考えですね、と言う。トシエとミサコの眉間には皺が寄るばかりだ。結局深川は大庭とヒカリ電気に滞在することになった。

 トシエは好き勝手させまいと大庭を呼び出し、とある事件の目撃者を知っていると大庭のことを脅す。と、盗み聞きしていたミサコが「じゃああの噂は本当なのね!お父さんは人を殺したのね!?」と叫ぶ。大庭ははぐらかすが事件に関わっていることは確かなようだ。

 家の外では探りを入れに来た箱山が一部始終を聞いていた。

 深夜。こそこそと夜道を歩く深川と大庭。

 『高価買います 死人の写真』と書かれたビラを街中の電柱に貼っている。大庭はミサコはどうだ?と深川に訊ねる。深川は感じが良いと答える。また幽霊も気に入っているとも。大庭はそれを受け流しながら、深川をミサコの結婚相手にどうかと考えているようだ。

 「後ろを幽霊がいっぱいついて来ているそうです」と嬉しそうに話す深川が指差した方をみると、二人を尾行している箱山がいた。金が入ったらなにをしたい、ゴム靴を新しくしたい、と笑いながら夜道に消えていく二人を箱山が追う。

 

 「大庭さん!きたきた!」

 深川がヒカリ電気に駆け込む。ビラを見て写真を売りに来た主婦に故人の本籍や特徴などを書いてもらうと、大庭は現金は一週間後に渡すと言って二五〇円の預り証を手渡した。主婦に死人の写真なんて何に使うのか、と訊ねられると大庭は研究だよと誤魔化した。怪訝な顔をしながら立ち去る主婦にヒカリ電気の周りで偵察していた箱山が近寄った。

 箱山は偵察した成果や主婦に聞いた話などを鳥居、まる竹、そして市長と金融業者である鳥居の兄の前で披露する。それを聞いた四人は箱山を部屋から退室させ、大庭はどういうつもりだろうかと話し合い、とりあえずもう少し様子見ということになった。

 日が暮れてからもまたヒカリ電気の偵察を続ける箱山。家の中に電気がついてあわてて隠れる。家の中では深川と大庭が幽霊の戸籍調べの事務を始める支度をしていた。ミサコとトシエも様子をのぞきに来たようだ。幽霊たちを室内に入れる為、大庭が入り口の引き戸を開けると立ち聞きしていた箱山と鉢合わせる。誰だ!と大庭が叫びながら箱山を引き入れるとトシエやミサコも巻き込みつつ言い争いが勃発。事務を始めたい深川が静かにしてくれ、と止める。箱山を外に出そうとする大庭を深川は新聞に載るならビラを書く手間が省けると宥めるが箱山は売り込み記事は高いと突っぱねる。大庭は箱山が鳥居の回し者だと分かると「大庭はある事件の目撃者を捕まえている」と伝えて記事を書けと交渉しその場はとりあえず収まった。

 さて、事務を始めようと机に向かっていた深川は大庭に写真の準備を指示すると意気揚々と歌い始める。椅子から立ち上がり足取り軽く踊り始める。いや待ってくれよ、こんなん神山智洋さんじゃん。関節がもう神山智洋さんなんですが。あっダメいきなりアイドルされるのちょっとだいぶ面白くて吹き出しそう勘弁して。 シュールとナンセンスを大いに押し出しておいて、急に歌い出して踊り出すのはミュージカルへの当て付けのようで少し笑える。

 歌が終わると本格的に幽霊の戸籍調べが始まった。幽霊の話を深川の幽霊が通訳して深川が記録する。少々手間がかかるが深川は誠実に、真摯に幽霊たちに向き合った。

 

 北浜新報に幽霊たちの話が掲載された。「目撃者」云々のまじないはまったくよく効いたよ、と箱山は大庭に言った。

 記事を書いた箱山は幽霊なんて信じてはいなかった。また、深川のことも。あんたは他の幽霊には親切だがあんたの幽霊の身元探しには身が入っていないと指摘する。仕方がないので深川は訳を話し始める。深川は戦地から帰ってきて、戦友の彼から話を聞いていたから、真っ直ぐに彼の家に連れていってやったそうだ。だが彼の家の人は信じてはくれず、挙げ句には何を勘違いしたのか彼らを軟禁したらしい。なんとか逃げ出してきたのだと深川は身を震わせた。箱山は信じてはいなさそうだったがまあ筋は通っているかとその場はひいた。

 先日写真を売った主婦が写真を取り戻しに来た。「あんたも欲しいがわしも欲しい。こりゃ値打ちがもっとあがるなぁ」これっぽっちの金で幽霊に祟られたら堪らないと言った主婦に大庭はそう言い放った。「いいの?売り付けようとしてるのよ!」という私の代弁のようなミサコの言葉に深川は「高く売るんだ、損にはなりませんよ」と答える。あ、いいんだ。そう思った。意外だった。深川は別に儲けたいわけではないはずで、だから悪徳商法のようなやり口は嫌がるのかと思っていたからだ。だが大庭が主婦に法外な金額を吹っ掛けると戸惑ったような止めようというような仕草をする。どうしたいんだこの男、と思っていたら深川は言う。「今はとにかく写真を集めないと」と。

 結局千円で決着がついて手持ちを全て持っていかれ落胆する主婦に大庭は今度は幽霊になって現れても困らない他人の写真を売ればいいと吹き込む。こうして安く仕入れ高く売るという形が出来上がった。

 どんどんどんどん、死人の写真で大庭も北浜の町も景気が良くなっていく。幽霊の写真だけじゃ飽き足らず、幽霊の治療や探偵、果てには講演会など、幽霊稼業は手を広げていく。

 真新しいスーツを纏った大庭や黒が基調だった衣装がきらびやかになっていく市民に比べ、深川の服装はほとんど変わらなかった。ゴム靴は新しくしたのだろうか。ヒカリ電気にて深川は幽霊となにやら話していた。やはり深川は大庭のやり方に不満があるようだ。だが幽霊は違った。自分が生きている人間に認められている事に気が大きくなっているように思えた。私にはなんと言っているかは分からないから深川の受け答えでなんとなく想像するに過ぎないが。

 深川とのやり取りで幽霊は苛立ったのか、急に彼の事を殴った。深川は最初は酷いじゃないかと非難したが、幽霊がそれに何か言って、いいさ少し殴ってみたかっただけなんだろう?構わないよ、痛くなんて無いんだから。と態度を変えた。また、幽霊が何か言う。深川は少し顔を引き攣らせ、いや痛い、痛いさ、と言い連ねた。次の瞬間、深川の身体が弾き飛ぶ。どっ。砂場に倒れ込んだ深川は幽霊から逃げ回る。痛い、やめてくれって、本当みたいに痛いな、すごいな君は。

「なんだ鬼ごっこか?」

 大庭がそう言いながら入ってきた。深川の顔に傷も腫れも無いのだから、殴られてるだなんて思いもよらないのだろう。

 深川は大庭にアスピリンはまだあるかと聞いた。大庭が心配すると少し頭が重いと言う。向こうにあるから取ってくると言った大庭を自分で取りに行くから大丈夫だと深川は諌める。深川になにやら四時に例の電話を忘れるなと念を押し、大庭は出掛けていった。

 

 大庭を待ち伏せしていたトシエも、随分と景気が良さそうだった。パーマを当てた髪、派手な柄のシャツと革の小さめのバック。はじめの平凡な主婦はみる影もない。トシエの大庭への要求は目撃者への口止め料だった。月三万と話がついてその場を去ろうとするトシエを大庭が尾けようとするも、すぐにバレてしまった。さすが、と言っていいものか、何故か夫の悪事は妻にはお見通しなのだよな。雨がぱらつきはじめた。

 

 ヒカリ電気でミサコはひとりごちていた。

「ああもう嫌になっちゃった!ちゃんと役に立つものがちっとも売れないで、ありもしないものが売れるなんてどうかしてるわ!」

店の中で傘を差した市民たちはミサコにしか見えないようだ。買い手がついたら嘘でも千円と歌う市民たちにウソよ!と言って店を出たところにしゃがみこむ。市民の合間を縫ってトシエが店の奥から出てくる。ミサコはトシエにお母さんがしっかりしてれば良かったのにと恨みをこぼす。私はお前ほど贅沢じゃないからねぇ、そう言い捨てトシエは出掛けていった。

 贅沢?私はただ普通に暮らしたいだけなのに。でも、普通?普通ってなんだろう。自問しながらも答えが出ず、ミサコは自棄になったように言い放つ。

「死んじゃったほうがマシかもしれないわね」

「お前が死んだら写真をおくれ、三百円!」

「よせよ!とんでもない!」

 市民たちの声に応えた言葉は深川のものだった。深川にはその声が聴こえるのか、ならば幽霊なのかな。そう思ったが、深川は深川の幽霊に、よせ、と言ったのだとすぐに分かった。

「彼が、言っているんだけどね、」深川は困ったような顔でそう前置きをする。─君が死ぬ時は彼の見えるところで死んで欲しい──君が幽霊になる前に見失わないで済むからって──君が幽霊を信じなくても構わないけど、幽霊になったら、死んじまったら嘘か本当かわかるさ───

 ミサコはひどくイライラしながら死なないわよと怒鳴った。深川は一瞬呆気にとられ、死なないんですか、と言ったあと安堵したようにそれがいいと言った。ガクン。いきなり前につんのめって、後頭部を押さえながらいや死んだって構いやしないんですがね!と正反対のことを叫ぶ深川をミサコが訝しむ間もなく、近くで雷が落ちる。大きな音に気を取られてると、深川は何か話しながら幽霊をどこかへ追いやった。急いでミサコの元に戻ってくる。「あのね、幽霊の言うことなんて気にしないでくださいね…電気屋さんでも雷が怖いですか!」途中、振り向きかけて青い顔で居直ると話の繋がらないことを大声で言う。バチン!初めて深川の身体が弾かれるにふさわしい音がした。イッタ!と頬を押さえる深川も、それを嘲笑う黒い服の人々もそのままに、ミサコは駆け出した。

 

 カーテンが回る向きと逆にミサコは砂場の周りを走る。二周ほどして、笑い声も風の音も聴こえなくなったあたりで、随分と走っていたのだろう彼女は砂の上に座り込んだ。

 ひょこりとカーテンの後ろから箱山が現れる。ミサコのことを尾行してきたらしい。「商売だからね」とおどけてみせる。ミサコはつれない様子だ。それでも話しを続ける。箱山は相変わらず幽霊を信じておらず、だから深川を悪く言った。ミサコはそれに腹をたてる。「幽霊さんはいるわよ」「そりゃ彼の頭の中にはね?」彼女は深川に幽霊が出てきた訳を聴いていたのだ。箱山はそれに興味を示し、ミサコは話しはじめた。

 どこか南国のジャングルみたいなところで彼らは敵から逃げ回っていた。水筒はたったひとつ。どんどん、気の狂った獣のようになっていく。二人はお金を投げて水筒をどちらかのものに決めてしまうことにした。深川は、負けたそうだ。だから顔を伏せて戦友が立ち去るのをじっと待った。ところが彼は立ち去る様子がない。たまらず顔をあげると、彼は気が違っていた。仕方がないので深川は彼をそこに座らせ、水筒を持って逃げたのだ──。ミサコはそう語った。箱山は最初はじっと聴いていたが、途中から飽きたように砂を弄っていた。話が終わると気の毒だ、と言ったが、続けて、でも戦地に行った奴はひとつやふたつそんな経験をしてるものだよ、とも言った。手に掬った砂を溢しながら、だけど大抵は忘れてしまうんだね、と付け足した。落ちた砂は風化していく記憶のようだった。

 あっ ミサコが急に大きな声をあげる。今あの岩端から人が落ちたわ──ううん、飛び込んだわ!伸ばされた人差し指のほうを見ながら箱山は水泳だろう?と言ったが、だって着たままよ!とミサコがすかさず反論する。ちょっと行ってみてくる、そう言い残して箱山は走り去る。砂場に取り残されたミサコをそのままに、幕が引かれる。ミサコの影が幕に写っている。影が、近寄ってくる。

 

 

 

 あ、幕間か。

 

 人がぱらぱら立ち上がって気付いた。はぁ、面白い。題材は重いかも知れないが今のところジャンルはギャグコメディかなって勘違い出来るくらい笑ってる。長くなってしまうのでめちゃくちゃ割愛したけどメタ要素が多くて楽しい。ヒカリ電気の入り口が持ち運び可能なところがすごいウケてたけど、個人的には壁の役割をしてる幕の下から箱山が部屋に入ってきたところが好きだ。価格価値はざっくり今の十分の一ってとこかな。

 しかし、尾を引く終わり方だったな。いや、二幕に続けなければいけないから一幕は気にかかる終わりをするものだけど。最後の場は笑うきっかけが少しも無かったからギャップで疲れてるのかもしれない。二幕が始まるまで動きたくなかったが、一応お手洗いに行っておこうと席を立った。

 あ、砂の掃除してる。ちょっと面白いな。

 

 

 

 幽霊あつめてジャムつくれ───

 どういう意味だろう。幽霊を煮詰めるのだろうか。二幕はそんな歌から始まった。

 幕が開くと、大庭が市長ら四人に向かって演説をぶっていた。幽霊後援会を作り、その会長と役員に──と、そんな話だ。

 多少派手になった服装から察するに、彼らもまたこの好景気の恩恵にあやかっているようだった。結局ほとんど服装が変わっていないのは深川と箱山、そしてミサコだけだ。(ミサコは一幕と二幕で違う洋服を着ていたが、元々持っていた服に着替えたのかと思う程度である。)

 大庭の口車に乗せられ、ほとんど話が決まると大庭は、今何時ですかな、四時!そしたらここに誰か幽霊さんがいたら事務所までひとっ飛びして深川先生に伝えてくれませんかねぇ。と大袈裟に言って見せる。でも私には幽霊さんが見えないから残念ですなぁ。ジリリリリ!黒電話の音でみんな飛び上がった。大庭以外。まる竹が電話に出ると、掛けてきた相手は大庭を指名した。深川に念を押していた電話はこれか、と私は分かるが、市長たちは大庭の「じゃあ本当に幽霊さんがいたんだねぇ」を真に受けて震え上がる。

 そこに箱山が駆け込んできた。事件だ、身投げだ、と箱山が言っても鳥居は掛け合わない。箱山はその身投げしたという教師の遺書の写しを持ってきていた。

「北浜新報で幽霊の話を読んで死のうと決意した。」

 箱山がそう読み上げるとさすがに皆知らん顔は出来なかった。遺書には、これは実験である──どうかお付き合い頂きたい、と自分が死ぬ時の服装が記されており、また、日記を深川宛に送ったので自分の幽霊が現れたら読んでやって欲しいという旨が書かれていた。

 沈黙が流れる。人が一人死んだ。この幽霊騒ぎのせいで。みんながそう思い、箱山ははっきり口にしたが、大庭だけは違っていた。「また金儲けの口が出来たで!分からんか?保険だよ保険!幽霊保険!」笑いながら言ってのけ、そのテンションに市長らは釣られて大庭の話を聞き入る。偉い人が見えないものを見えないと言えない状況はさながら裸の王様のようだ。箱山はその様子を冷ややかに眺めながら煙草をふかした。

 しかし何故、私は大庭に嫌悪感を持っていないのだろう。そうだ、一幕でミサコをはぐらかす時も「吉野って心臓の悪いじいさんがいてな、ワシはその横でおもちゃのピストルを撃っただけ。せいぜい過失致死ってとこだよォ」と笑って言ってのけてたっけ。登場人物の中で一番倫理観の箍が外れているのに、嫌な感じも、怖い感じもしない。不思議だ。役者がうまいのか、はたまた脚本がうまいのか。だってこの場で異色なのは明らかに一番まともな事を言っているはずの箱山だった。

「この先生の遺書はもうちょっと真面目に考えた方が良いんじゃないですか。」食い下がる箱山に鳥居たちは面倒くさそうな顔をした。なんたって彼らは『幽霊』がいた方が都合がいいのだ。言い争った結果、大庭の言いなりになっている鳥居が箱山にクビを言い渡し、箱山は職を全うした挙げ句に失ったのだった。

 

 ヒカリ電気。海の音が聞こえる。深川はまだ頭痛がするようだ。ザリザリと砂場に穴を掘る。その中になにを見たのか怯えたように震えてぎゅうと身を縮めた。

「深川さん、どうするつもり?あなたのせいで人が一人死んだのよ」

 ミサコが部屋に入るなりそう深川を問い詰めた。びっくりして立ち上がり、でも彼が言っているんだけどね、と言い訳をはじめる。一分に三人の割合で人は死んでいるんだからたいしたことじゃないと。ミサコは深川と二人で話したいと言った。幽霊さんは席を外してくれない?深川はいや僕は別に、と幽霊に向かって言う。

「ねぇ幽霊なら幽霊らしくするべきだわ!」

「彼はね、人間らしくしたいんだよ」

「それなら尚更よ!遠慮が足りないわ」

「でも人間らしくするってことは何かしなくちゃ。何かするってことは誰かに影響を与えるって事だろ。丁度ほら、誰でも自分の顔を鏡に写してみたいだろう」

「…でも、深川さんは鏡が嫌いね」

「だって僕は、僕じゃないから。彼の代わりに生きている代理なんだから」

 呆れ怒って部屋を出ていくミサコにねぇ何か欲しいものはないかって!と聞く。流石にそれは逆効果だろうと思うよ。

 そこにトシエが帰ってきた。手には写真。交通事故の現場写真だそうだ。買ったら三百円くらいになっちゃいますね、深川が言うとトシエは私だってもらうものはもらいますけど、と金を請求する。ミサコが目敏くトシエを呼び止める。ミサコは目撃者を知りたがった。トシエは言おうとしない。深川はなんの事かと訊くが誰も答えてはくれない。言い争う声に深川は頭を押さえる。まだ痛むようだ。

「お前があんまり分からず屋を言うから言っちまうんだよ。私だよ。私が見たんだ。どこへなりと吹聴して回るがいいさ!私は殺されちまうよ!」

「そう…お母さんだったの」

「なんですか、誰が殺されるんですか」

「なら仕方ないわね」

「やはり交番へ行くんですか」

「私だって怖かったんだよ」

 会話にもその場にも、深川だけが取り残される。まるで深川がいないものみたいに扱われて少し戸惑った。彼もまた幽霊みたいじゃないか。

 取り残された深川の元に男が四人。砂場の真ん中辺りにいた深川を囲むと、その足元にしゃがみこむ。怯えた様子の深川がそこを退く。四人はぐいっと砂場の下の布を持ち上げる。赤い床が顔を出す。それを見て深川はまたひどく取り乱す。戦争の音がする。また布を捲る。赤い床。安易にも血を連想した。それが血ならば、これは彼の忌まわしい記憶だろうか。それとも血に写る自分の顔が怖いのだろうか。思い出したように鞄を漁りアスピリンの瓶を取り出す。ざらざらと掌に出して一息に煽る。副作用という言葉が脳裏をよぎった。砂場に一筋引かれた赤い床に蹲る彼にはなにが見えているのだろう。

 

 幕を引きながら登場したのは白スーツを着こなした大庭だ。にこやかな張り付けたような胡散臭い笑顔に笑いが起こる。さっきまでの不穏な空気をぶち壊してく。登場だけでだ。もはや怖い。客席に話し掛けるタイムだ。楽しくないわけ無かろう。ずるい面白い。下手側に「幽霊後援会発表記念式典」の垂れ幕が下げられる。客席と(客はご時世的に声を出せないので大庭さんが一方的に)喋っているところに準備が整ったと声がかかる。

 それでは、と仰々しく挨拶が始まり、幕が開く。床を挟んで上手側の砂場には市長たち四人が、下手側には深川と幽霊が椅子に座っていた。まず市長──初代会長の挨拶。そして幽霊保険のバッチの進呈。次に幽霊服のファッションショーが始まる。おお、赤い床がレッドカーペットみたいだ~なるほどなぁ、と感心してる間もなく下着姿のモデル達が次々と出てきてはポーズを決める。本当に裸の王様をやるとは思ってなかったよ。

 そして、深川の幽霊の挨拶。

 二人が壇上に立つ。深川が前置きとして謝辞を述べ、幽霊の言葉を伝える。いちいち通訳するのは時間がかかるから昨夜二人で書いた原稿を読むようだ。鞄から原稿を取り出し、広げた。

 

「俺は誰だ!」

 

 びっ……くりした。心臓が縮こまる。鼓膜破れてないか心配になった。いや声デッカ、マイク要らんやろ。

 

 幽霊の季節だ──幽霊の季節がやってきた。

 俺は死にたい。俺は、生きたい。もう一度死ぬ為に、もう一度生きたい。

 

 原稿を読み終え、礼をして壇上から降りた深川に幽霊がなにか話し掛ける。丁度ダンスタイムが始まって陽気な音楽が掛かり、ショーのモデル達が音に乗りながら踊り出す。「ちょっと静かにしてください!」深川が大庭のマイクを取り上げて言ってのけた。

「彼は今重大な決心をしました。彼は、会長になりたいんだそうです。今、彼は二代目会長に就任しました!」

 大庭たちは慌ててその場を取り繕い、深川を引きずって退場させ、無理やり幕を閉じた。

 

 ミサコはヒカリ電気の引っ越しの支度をしていた。一段落ついたところで箱山がひょこりと顔を出す。あら、就職口は?とミサコが訊ね、芳しくないねぇ、と箱山が肩を竦める。そのやり取りから仲の良さというか、気の良いお喋り友達くらいの軽さを感じた。

「どうしていたの?後援会をやっつける記事を書くとか?」

「書くには書いて方々の新聞に送ったんだけどね、幽霊がいるって話ならともかく、いないなんて話は記事にもならないんだな。そうかもしれないな、神様は法律で保護されてるわけだし」

「そりゃそうよ、はっきり言えたことじゃないもの」

「それは違う。法律は別に神様を信じているんじゃない。既成事実を保護してるだけ。幽霊諸君もすっかり既成事実になってしまったな」

 砂を掴んでさらさらと落としながら箱山はそう言った。箱山は玉音放送を聴いたのだろうか。戦地にいたのだろうか。この国が保護している神様は菊花紋章の血だ。幽霊は北浜じゃあ神様と同じ扱いを受けているわけだ。

 箱山は小説のようなもの─といっても今回の実話だが─を書いているらしい。注文があったそうだ。その結末に悩んでミサコに相談しに来たと言う。結末の鍵になるのは『目撃者』だと思った箱山はトシエにカマをかけたと話す。

「あっさり巻かれちゃってね、あれは亭主を牽制する為の嘘だって。でもおかげで本当だって分かったよ。嘘ならわざわざ嘘だって言いっこない。君は本当に知らないのかい?」

「知らないと言えば知ってる証拠だって言うんでしょ」

 会話を続ける二人は存外楽しそうだ。箱山がわざわざ少し怒らせるような言い回しをするのは新聞記者の性だろうか。

 あら深川さんは市長さんたちとテレビに出ている時間だわ、とミサコがテレビを持ってくる。少しブスくれて随分と準備が良いじゃないかと言う箱山にだって商売ですものと返事をしながらダイヤルを回した。

 赤い道を挟んで下手側はヒカリ電気、テレビを床に置き二人は座り込んでいる。上手側はテレビ画面、向かって右から鳥居、市長、幽霊、深川の順で椅子に座っている。選挙運動のひとつのようだ。幽霊に誰に投票するかなどを聞いている。ミサコと箱山はテレビに茶々をいれる。

「彼は…会長は市長になりたいそうですよ」

 市長は椅子ごとひっくり返り、ミサコたちは驚嘆の声をあげる。機嫌を損ねるのが怖い鳥居たちは適当に茶を濁す。選挙は水もので、独身者は票が集まりにくいとか───なら結婚しても良いと言ってます。相手は大庭ミサコさんが良いそうです。市長らが放送をやめさせようとする中で深川ははっきりそう言った。ミサコは立ち上がってテレビに背を向ける。

「これじゃ、奴らが幽霊を食って太ってるんだか幽霊が奴らを食って太ってるんだか分かりやしないな…どうだい?君ももう高みの見物とはいかなくなったね。僕に協力する気になったかい?」

 テレビを消して箱山は言う。ミサコがなにか言う前に電話が掛かってくる。大庭だ。結婚の打診をしてきたわけだ。ミサコは拒否して、そして目撃者のことを言い出した。お父さんだって娘を売ったじゃない、同じことよ!そう言って電話を切るが箱山は顔を輝かせる。なんだ君知ってたの!頼む教えてくれないか、金なら用意するからと行く手を遮って言う箱山を通してとはねつける。

「ごめん、君に迷惑をかける気はなかったんだ。でも僕は全うな提案をしてるつもりなんだがなぁ」

「違うわ、箱山さんは自分の結末のことを考えているだけよ」

 

 幽霊会館で役員たちはやきもきしながら話し合っていた。結婚はともかく市長とは。どうしたものか。ああだこうだと口論していると、そこに吉田と名乗る老婆が現れ、自分は深川の母だと言う。大庭は日に二、三人そういう輩がくるのだと冷たくあしらい追い出した。さてどうするか、なんとかミサコをもう一度説得するか、代わりの女で手を打ってもらうのはどうだ?ショーのモデルの娘なんかはいいんじゃないか。なんとか結婚だけで我慢してもらおう。話がまとまり別室で幽霊治療をしている深川の元へと向かう。ミサコは了承していないと聞いて小さく息を吐いた深川は、でも彼はミサコさんじゃないと、と言った。お偉方は畳み掛けるように良い女がいるとプレゼンする。市長なんてどうでも良くなってしまうほどの別嬪だ。いや市長になるための結婚なんですから、市長にはなるそうです。堂々巡りになりかけてた時にまた先ほどの老婆が迷い込んでくる、が、また追い払われてしまった。

「彼はすぐ結婚して市長になるんでなきゃ、海に行っちゃうって言うんだ」

海?釣りか?ハネムーンだろと茶化されるが深川は大真面目にかぶりを振った。照明の赤色と青色が深川のいるところで混じり合う。

「ずっと沖の方に出ると幽霊たちの溜まり場があって、戦争の真似事をしてるんだって。そこに行くって言うんだ」

 彼が行くなら僕も行きますと言い出す深川を宥めすかして、とにかくその娘っこを連れてくるとお偉方は部屋を出ていく。

「市長のほうは選挙ということもあるで…」

「でも選挙を繰り上げることは出来るんでしょう?」

「それはまた研究しときます」

 

 どこか、道端だろうか。上手側、舞台の縁に男の人が座っている。きちんと整えられた風体でベージュのコートを着ている。そこにさっきの吉田と名乗っていた老婆がやってきた。どうやら知り合いのようだ。

「どうです?連れ出せそうですか?」

「だめ、怖い人ばかりで」

「弱ったな…僕じゃ警戒されてもあなたならなんとかなるんじゃないかと思ったんだけど…」

 二人はとりあえず旅館に戻ろうと歩き出す。するとミサコがやってきた。二人とすれ違って電話ボックスで深川に電話を掛ける。

「幽霊会館ですか?大庭です、すみませんが深川さんを…」

 ベージュのコートの男はそれを聞いて足を止める。ミサコの電話に聞き耳を立てた。

「深川さん?ねえどうなったの、幽霊さんの結婚話……なんてこと!あんまり馬鹿馬鹿しいわ!深川さんも今回こそは反省すべきよ!」

 治療室で電話を受けた深川は近くの幽霊にあまり電話を聞かれないように気にしながら受け答えをしていた。だが、彼の答えはミサコが期待しているものではない。

「はっきり言うのよ、誰もが深川さんみたいなお人好しだったらそのうちこの世は幽霊に占領されてしまうわ。…なぜ言えないの?……そう、じゃあもういいわ、いいえ、二度と会いたくなんかない。深川さん、あなたともよ。……でも…深川さんとだけなら会ってもいいわ。幽霊とお別れしてひとりきりになるまでは絶対にお会いしないことにするわ」

 立ち去ろうとするミサコを慌てて男が呼び止める。深川と知り合いなのかと訊かれミサコは怪訝な顔でどなたかしらと返す。失礼──私、こういうものです。弁護士をしております。そう言って男が差し出した名刺を見て彼女は狼狽えた。老婆は深川の母だと言う。戸籍謄本を持ち歩いているんだと封筒から中身を出してミサコの手に押し付けた。男は深川に引き会わせてほしいと言った。なにがなにやらなミサコは腰が引けていたが男の勢いに押し負けた。

「もし出来るならあなたはそうするべきだ。あなたも幽霊から彼を助け出したいんでしょう?」

 ミサコは、頷いた。

 

 幽霊会館にモデル嬢が到着する。あれよあれよと話がまとまる。彼女は月三万で幽霊と結婚することに決めた。ちゃっかりしてんなぁ…。

 ふらつく足取りで、泣きそうな声でミサコを呼ぶ深川を幽霊が後ろから殴る。治療室にモデル嬢とお偉方がどやどやと入ってくる。モデル嬢は幽霊を口説きにかかるが、見えていないので一苦労だ。深川がここだと言った場所に向かってラブソングを歌い踊り始めた。(幽霊はすぐに移動するが気付いていない。)

 そこにミサコと先ほどの二人組がやってきた。深川を呼び止めると、彼の顔にはミサコが会いに来てくれた驚きと、誰だろうという困惑が浮かんだ。大事な話があるそうよ、とモデル嬢の歌を遮ったミサコを大庭は詰る。なんなんだお前ら、帰ってくれ、今大事なところなんだ、大体ミサコ、お前あんなこと言っておいて恥ずかしくないのか──。

 

「よう、戦友」

 

 ベージュのコートの男はそんな大庭をものともせず、片手をあげてあっけらかんとそう言ってのけた。空気が凍る。誰もなにが起きているか解っていなかったが、なにか良くないことが起こっていることは分かったらしい。

 深川はじっと彼を見ていた。身体が固まってしまったみたいだった。なんとか息を吐き出してくるりと辺りを見回す。

「おや、彼がいないぞ」

「そりゃいかん、どこいらっしゃったかな、幽霊さん」

「ここにいるよ。幽霊はここにいる」

 なぁ吉田くん。わかるだろ、俺だよ、深川啓介だ───

 

 ジワ、首の後ろあたりから鳥肌が立って広がる。タイトル回収があるとは思っていなかった。だと言うのに展開のアツさと空気の冷ややかさが共存していて、少し不気味だった。

 諸々を察したお偉方は固まってモデル嬢を連れ部屋から退散した。深川は、少なくとも私がこの二時間強、深川だと思っていた軍服の男は明らかに狼狽え『彼』を探す。ふらふらと空中を探したかと思えば座り込んで砂の中を探すように穴を掘りはじめる。「いなくていいんだよ、吉田くん」その肩を掴んで制止すると、そのまま椅子に座らせた。「俺がもう少し早く知っていたらなぁ、俺はこうしてちゃんと生き残ってたんだから。いい土産があるんだ」と、鞄から取り出した水筒をまだ幽霊を探している彼の手に握らせる。空中から水筒に視線が移る。まじまじと水筒を眺め、確かめるように触ったり蓋を開けたりする。「あの水筒──そして、これがあの銅貨だ」銅貨も握らせて続ける。「覚えているだろうが、あの時賭けに勝ったのは、実に俺じゃなく君だったんだ。君は苦し紛れに君と俺を入れ替えちまったんだな」水筒を顔の高さまで掲げ、傾ける。中から砂がこぼれ落ちた。

「ちくしょう…」

 目を見開き、眉を顰めて彼はそう言った。

 ちくしょう。真実を知って口をついて出た言葉にしては多少の違和感があった。なにが悔しいのだろう。

 水筒の砂と連鎖するように天井から砂が降ってくる。彼が座っている真後ろに砂が注がれる。その頭の中に何かが戻っていくようにも、その後ろにいた何かが崩れさっているようにも思えた。

「一晩、君を引きずって歩いたんだよ。ジャングルを出たところで捕まって捕虜になってしまったというわけさ。だから君は俺を家に帰してやるつもりで自分の家に行っていたんだな。病院じゃ逃げたのが俺だと勘違いして僕を捕まえにきたのさ、通称深川で通ってたらしいからね。そこではじめて君の事情がわかった。だが君はそれきり行方不明…でも君のお母さんとはすぐに連絡がついてね」

 さらさらと、調子の良い語りが終わった頃、砂がやむ。

「…鏡を、みせてくれないか」

 ミサコが差し出した手鏡を受け取り、深呼吸をした。意を決して手の中の鏡を覗き込む。

「そうだ、おれじゃないか」

「あたりまえじゃないか!君は君さ!」

 深川が、否、吉田が正気を取り戻す。喜ぶ四人を尻目に大庭は消えちゃったい!とどっかり座り込む。そこにトシエが入ってくる。お母さん、よかったわ、幽霊さんいなくなっちゃったのよ。と晴れやかに言う娘に良かった!?と気は確かかとでもいう勢いで食って掛かる。大庭はこうなりゃ逃げるが勝ちだと言った。

「彼はもう…本当に帰ってこないんだね」

「彼がいないとさみしい?」

「どうして?ずっと、僕のたったひとつの願いは一人っきりになることだったんだ…もう彼はいないから、僕と会ってくれる?」

「もう会ってるじゃない」

 あ、そっか。ふにゃりと吉田は笑った。

 

 さぁ宿で一杯やろうぜ、と深川が会館から出ようと促す。ミサコが振り返って両親に声をかける。

「ねぇお父さんたちも来ない?」

「そうですわ、是非とも御一緒してください、倅がご厄介になりまして…」

「いえいえ、いたりませんで」

 吉田の母がそう言うと、急にしゃんと立って胸を張る大庭。見栄っ張りだなぁ。

 お偉方がバタバタとやってきて出ていこうとする一行を止める。外には腕っぷしの強いのがおるで、とまる竹ががなるが、ミサコはものともしない。「目撃者のこと言われたら困るのはそっちでしょう」と言ってのける。まる竹が尻餅をついたのを見て満足げに笑って踵を返したミサコにみんなついていく。

「あらどうして?私結婚してもいいわよ」

 大庭にも逃げられ、もうおしまいだと嘆くお偉方に向かってモデル嬢がいけしゃあしゃあと言い放った。椅子にしなだれかかりながらケラケラと笑ってのける。

「私だってその方が都合がいいのよぉ、だって私シケピンなんだもン」

「相手なんか居やしないだろう!」

「おんなじことじゃない?最初っから居やしなかったんでしょう?つまり居ることにしたらいいんでしょ…あら、幽霊さん、そんなところにいらっしゃったの…?」

 さっきミサコに遮られた歌を歌い出す。市長たちはお通夜ムードが一変した。こりゃあ良い、ああ命拾いした、今度のは市長だのなんだの言わないし────

「馬鹿にしないでよ」

 ドスの効いた声が響き皆が黙る。嫌そうな顔をしていたモデル嬢がふっと笑顔に戻し、これで私の好い人もなかなかやかましいのよ?え?…やっぱり市長になりたい?お偉方の顔が引き攣った。それがだめならぁ…家を一軒建てるだけでも良いんだって。もちろん、会長は留任よ。ちゃっかりしてんなぁ…。お偉方は顔を見合わせ、頷いた。

 

 外を歩いて行く一行。雨が降っているが清々しい面持ちだ。(約二名は除く)

「おいちょっと待ってくれ!」

 そう、走ってきたのは箱山だった。ミサコが欲しかった結末がついたわね、と言ったのを慌てて否定する。

「とんでもない!まだ続きをやっているのを知らないのか?あの娘っこが幽霊が見えるって言い出したんだ!」

 一行は驚くがどうするつもりもないらしい。大庭とトシエは悔しがっているが、吉田が行ってみようか?と興味本位くらいのテンションで言って、深川によせよ、どうだって良いだろ、と笑われた。箱山はそれを聞いて戦慄いた。

「どうだっていい?こんな不正を黙って見ててもいいってのか」

「箱山さんだってそう言って結末をつけて報酬がほしいだけなんじゃないの」

「そりゃひどい。僕はただ筋を通すついでに自分を大切にしたかっただけじゃないか…」

 箱山を残して一行は去っていく。行きかけたトシエが大庭にこのまま見過ごすのかと詰め寄る。今度の幽霊さんはワシのことなんぞ相手にしてくれんと言う大庭に、ならあんたも見えることにしちまえば?と言い出す。まだそこにいる箱山に聞こえないよう傘で隠して、口止め料はちゃぁんと貯めてあるよ、目撃者は私だったのさ…。傘を降ろすと上機嫌の大庭が顔を出す。お前やっぱり良い女房だ!見える、見えるぞ!ほら、うちの人にだって幽霊が見えるんだよ!

 砂場の外で箱山はそれを眺めている。それからモデル嬢や市長たちも行進してくる。歌を歌いながら砂の上を練り歩く。箱山はただ黙って、眺めて、いつものように手帳になにか書き込む。一番後ろに並んでいた吉田が一人砂場を抜ける。幕が閉まって、カーニバルの人影が映し出される。箱山と吉田はそれを眺めていた。

 ふと、飛行機の音がした。それと銃声。幕に真っ赤な照明が当たる。外側は吉田にだけライトが当たっていた。吉田は水筒を手に携え、足を引きずっている様子だった。バラバラバラ、幕の人影が崩れ落ちる。吉田は空を仰いだ。

 海に行っちゃうって言うんだ───

 深川の言葉を思い出した。幽霊たちが渦になって戦争の真似をしている、海。幕が開く。椅子やらなんやらがぐちゃぐちゃに放られた砂場の真ん中、赤い道を彼は歩いて行く。砂が降っている。軍帽をかぶって前を向く。暗転。

 

 

 

 終演。カーテンコールで八嶋さんとふざけ合ってるのを見てカンパニー仲良し…とほっこりした。

 規制退場のアナウンスが入る。外階段が一番早いと案内があったのでそっちから出た。へぇ、PARCO劇場ってこんなところに出られるんだ。知らなかった。渋谷の街を一望とはいかないが、それなりに見晴らしが良い。冬だから風は冷たいけどまだ日があるからそこまで寒くはない。…風も目には見えないな。そういえば「皆さんは今、空気じゃなく幽霊を呼吸しているようなもの」って演説の時言ってたな。空気も見えない。これがなければ生きてはいけないわけだし、突き詰めたら見えるものだって全部原子で出来てる訳だから分解したら砂になっちゃうなぁ。砂にはならんか。砂…そういえば深川は穴を掘る事が多かったけど、箱山は砂を掬ってこぼす事が多かった気がする。

 今朝はろくに食べられなかったから流石にお腹減ったな。優しいものが食べたい。センター街にはなまるうどんあったよな。調べようとスマートフォンを手に取って、電波も見えないなぁって思った。流通とか経済とかそういうことはあんまり分からないから、あとで調べて分かった気になろうと思ってたけど、これ感覚的に一番分かりやすいかも。通信料って見えていないものにお金払ってる。いや、詐欺られてる訳でもぼられてる訳でも(たぶん)ないし、もう生活していく上でないことは考えられない。でも私たちは電波によく弄ばれてる。通信障害だとかサーバーダウンだとか。それでも人はお金を払う。払う人間が価値を決める。

 センター街のはなまるうどんは潰れていた。結構前に。店が閉じてもすぐに新しい店が出来る。いつまでも開発が終わらない変わり続けるこの街が明日瓦礫の山になっていない保証だってない。そんな砂上の楼閣みたいな現実で足を取られないように踏みしめる。砂の上を駆けた人々を思い出す。私よりずっと上手に歩けてると思った。

 結局丸亀製麺に行った。かけうどんを頼んで席についたところではたと気づいた。パンフレット買うの忘れてた。

 

 

 

 

 

 

肺による呼吸循環機能について

 

これはただの感想である。

 

 

 

月みたいだな。

劇場に入って最初に抱いた感想だ。

円形のステージは月のクレーターを彷彿とさせる模様が描かれていて、ステージ奥の出入口のようなところにも同じ模様があった。

この回り舞台は連想ゲームのようにたくさんのものを暗示させる。月、地球、周期、循環、台風、シュガーシロップドーナツ、エトセトラ。

特に時間の流れを進む人と巻き戻る人(身体的にも精神的にも)を表現するところは秀逸でとても好きだと思った。

 

「この作品は、素舞台で上演されることを想定している。背景も、家具類も、小道具も一切なく、マイムもしない。衣裳替えもしない。照明変化や音響で、時間や場所の移動を示すことも行わない。」

 

そう、LUNGSの台本の1ページ目には、原作者であるダンカン・マクミランの言葉が書かれているそうだ。

観劇前にこの言葉を知って、そんな役者の表現力に丸投げすることある?と、正直思ったし、丸投げされた推しがどう返すのか、とても楽しみにしていた。

だが私がこの言葉の真の意味を理解したのは観劇後だった。

 

丸投げされてるのは私たちのほうだ。

 

この舞台に必要なのは、二人の役者の表現力、演出班の発想力と技術力、そして観客の想像力だ。まるで落語のようだと思った。

観客の数だけ、それぞれのIKEAや車や部屋があの円形のステージの上に形作られていく。あの公園はニューヨーカーならセントラル・パークを思い浮かべるだろうし、東京都民なら代々木公園なんかを思い浮かべるのではないだろうか。名前すら自分やパートナーのものに聴こえてしまいそうなほど、「この話は自分のことだ」と思わせる力がある。まるで自分が言ったかのように、もしくは言われたかのように台詞が存在する。私は感動に共感性は必ずしも必要ではない、という考えを持っているが、この舞台ばかりは共感があるほうがのめり込めただろう。

が、残念なことに私自身はあまり共感できなかった。シスジェンダーでもヘテロセクシャルでもない私は彼女/彼に自分を重ねることは少々難しかった。まあ推しを観てるだけで楽しいので何ら問題はないが。

(このような書き方をしてしまったので誤解のないように言っておくが、もちろん共感したセクシャルマイノリティの人だっているだろうし、共感できなかったシスジェンダー/ヘテロセクシャルの人だっていると思う。他の人の感想聞いてないから知らんけど。)

なるほど、現代戯曲の最高傑作と謳われる理由が良くわかる。板の上でやる意味しかないのだ。文字にしても映像にしても死ぬ脚本だった。

 

共感こそ出来なかったが、それが出来なくても自分の中にない感情を知るというのは面白い。新たな気付きが得られる。

 

「それは僕には解れないんだ、分かるだろう?もう平等じゃないと感じてる」

 

ハッとする。男性の「産むことが出来ない」という悩みを私は知らなかった。妊娠・出産は女の負担だとばかり思っていた。私が煩わしいと思ってきたこの身体は誰かにとって特権と成り得るのだ。

子供が欲しい。

私は持っていない感情。でも知ることが出来て、ちょっと似た感情を探せた。隣の芝はいつだって青い。

彼の眼には彼女の芝が青く映っていたのだろう。性別(子供を産める身体)、育ちや学歴。台詞の端々にコンプレックスのような感情が滲んでいたし、度々言動や行動にも出ていたように思う。

 

彼らは「良い人」であろうと考えた。だから、考え続けた。思慮深くあろうとしていた。

正直私は、環境問題やジェンダー、倫理、政治経済については、考えるべきだが変えたいなら人生を賭けるしかないと思っている。

「あの子」が生きていかなければいけない世界をより良いものにするために彼と彼女はそれらを考えて選んでいたのであってその選択は各々が考えて行えばそれでいいのだ。

 

私たちは無意識的に、日常茶飯事のように、命を選別している。傲慢だ。

食べる為に殺す、生きる為に殺す。

人を殺すのはいけないことで、

子供を産むかどうかは当人に選ぶ権利がある。

ひとつも、間違っていないはずなのに、こんなにも矛盾が生じる。

他人の人生を勝手に終わらせるのは許されるべきではない。ないけど、出産は選べる。選んで良い。自身の命にも関わることだから。それでもわたしは、もしその状況におかれ、どんな選択を取ってでも自分だけ生き残ったとしたら、それは罪の意識として残るだろうと思う。一生だ。だって他人の人生を勝手に終わらせるのだから。でも誰からも責められない。私もその選択をとった誰かを責めることは出来ない。間違ってはないのだから。

正しさは一体どこに存在するのだろう。

あの舞台を観てからずっと腹の底で渦巻いているのだ。

嘘でもいいから悪くないと言って、と泣いた彼女と、悪くないと言ってしまったら嘘になってしまうから言えなかった彼は、

どうすればよかったのだろうかと、永遠に考えながら、死ぬまで生きていかねばならない。

 

 

 

最後に、素晴らしい演劇を魅せてくれた俳優のお二方、脚本演出家様、関わった全てのスタッフ様に敬意を表して。

 

GODDAMNとわたし

 

なぜ今更こんな話を書こうかと思ったのか、理由はふたつほどある。

ひとつは初めてGODDAMNを観たときの感情を思い出せなくなっている気がするから。

もうひとつは風邪引いて仕事を休んでしまい暇な為だ。寝とけよ。

なので多少訳の分からないことを言ってても「風邪で頭やられてるんだな……」くらいに思っておいてください。

 

ひとつ目の理由について

感情が思い出せない、というより円盤を観たことによって感情を塗り替えられてる様な気分になって、あの日の事をどこにも書き留めてない事実に愕然とした。当時の自身のTwitterを漁っても

「GODDAMNめっちゃヤバい」「癖」「好き」

みたいな事しか言ってなくて、いくらツアー中でネタバレしないようにしていたとはいえ語彙力が皆無すぎてちょっと泣きたくなった。

なので今更過ぎる上に記憶の改竄があるだろうが思い出せる範囲で経緯と感情を書き連ねておこうと思い立っただけの雑記です。読んで得することは特にありません。

 

 

 

 

GODDAMNとの邂逅

 

2018/01/02  私はWESTivalを手に入れた。

Album「WESTival」好評発売中!!|ジャニーズWEST|Johnny's Entertainment Record

 

ちなみにツアー初日は01/03、私の参戦日は01/04だった。どんなスケジュールだよ。そう思いながらもとりあえず2日間曲を聴き込んだ。

ジャニーズWESTとの邂逅は長くなるので割愛するがなんやかんやあって私がWEST沼に突き落とされ神山智洋さんを好きになったのは2016年末頃から2017年にかけてだったはずだ。WESTivalの参戦は私を沼に突き落とした友人が好意で連れていってくれる事になって私自身はまだFCも入ってなかった。

そしてこの辺りで既に「濵田くんに落ちたら死ぬ気がする」とのたまっていた。(盛大なフラグ)

なのでまずユニット発表の時点でヤバい気配がぷんぷんしていた。が、たぶん一番聴くのを楽しみにしていた曲だっただろう。

 

初めてGODDAMNを聴いた時、自分は何を思ったのだろうか。明確には覚えていないが、曲を音よりも声よりもまず歌詞を言葉として聴こうとする私が

「お前はちゃんと生きてる?」

に刺されなかったはすがないのだ。

歌詞が良い!とにかく歌詞が好きだ!

曲調も格好いいし良く聴けばハモりがコロコロと交代するスペックの高さにひっくり返ったが、なによりも社会とかデカい何かの中で潰されないよう必死に足掻いているような、闘う事=ちゃんと生きる事だと謳うような詞が心臓にザクザクと刺さった事だろうと思う。

この曲を神山くんと濵田くんが歌って踊るのかと思うと楽しみで夜も眠れなかった。嘘、たぶん8時間くらい寝てる。

 

 

2018/01/04  その日は来た。

 

来たぞ横浜アリーナ~~~~~!!!!!

 

友人と合流し、新年の挨拶もそこそこにあの曲が楽しみだの誰のビジュがヤバいだの喋りながら会場へ向かい、グッズ列が長すぎてペンライト(ネックレス)を買えなかったこと意外は何事もなく無事に会場入りした。席は外周に近くてメインステージよりのスタンドだった。センターステージは柱が邪魔で少し見辛かったのを覚えている。

 

コンサートはめっちゃ楽しかった。細かいことはちゃんと覚えてないけど、宣伝タイムでプリンシパルの弦くんの真似してべーってしてる神山くんが可愛かったとか、チビッ子Jr.くんの背後から近寄ってちょっかいだしてく重岡くんとか、あと曲ばっかり聴いてて初回特典映像を見てなかったのでコントの設定で一瞬置いてけぼりを食らったこととかそんな事も含めて全部楽しかった。

 

2日目だからかまだ緊張の方が大きかっただろう中でも楽しそうに乗り越しラブストーリーを弾ききった重岡くんと桐山くんが

「濵ちゃん神ちゃんよろしくぅ!」

と言って、えっこの流れでGODDAMN?マジ?なんて思う間もなく、センターステージを照らした赤と青のライトとイントロが私の横っ面を叩いた。

 

 

 

 

 

 

なんだこれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだこれは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを呑み込むまで時間がかかった。なんなら今もまだ呑み込めてなんていない。

少し邪魔だった柱なんて気にならないくらい、ただ唖然と、きっと口も開いていただろうと思う、二人のボクサーが闘う様をまざまざと見せ付けられていた。

 

その世界には赤と青だけが存在していた。

大袈裟じゃない、白に近い金色に髪の毛を染めた神山くんと丁度バカメンタリーを撮影していた時期の真っ黒い髪の濵田くん。

立ち向かう相手は大きく曖昧な存在じゃなく目の前の一人だった。

「ちゃんと生きてる?」と問うのは有象無象になんかに対してではなく、ただ目の前に立ちはだかる一人に対してだった。

赤と青さえあればそれで良かったのだ。

 

 

歌詞と演出の解釈が違いすぎるのにめっちゃ一致してる……なんだこれ……

 

 

正直よく覚えていない、記憶すっ飛んでるレベルで覚えてない。(後々円盤を観て振り付けこんなだったっけ、と思った)

ただステージの上で闘って、生きて、死んでいく、二人のイキザマだけが目に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

 

ハイ~~?!?!相討ちってなにそれめちゃめちゃずるくない?!!すき!!!!!

 

 

 

 

待ってなに今のヤバいわからんすき、って混乱している内にメインステージには天蓋付ベッドが3つ用意されていてさらに大混乱だった。

 

 

会場を出てすぐそばにFC入会/継続手続き受付がある。

「入らないの?」

と言われ私情だが就活中でカツカツだった私は

「就職したら入る!初任給で入るから!」

と言って横浜アリーナを後にした。

 

テーレン!さて私がFCに入会したのはいつでしょう!

ハイ先生! 2018/02/05 です!

無論就職前。1ヶ月もたたずに駄目だ!入会しよう!!となった私はちゃっかり結成日に入会を済ませたのでした。絹ごし豆腐並みの自制心だな。

 

 

 

それから円盤発売まで

 

気が狂ったように絵を描いていた。いや絵を描くのは元々好きだったし、ファンアート、二次イラストを描くこともままあった。だが

描かないとやってられない

そう思ったのは初めてだったように思う。絵に起こすという感情のぶつけ方を持っていて本当によかった。でなければ本当に狂っていた。横アリから帰ってきた次の日、ひたすらGODDAMNを聴きながら絵を描いていたし、授業で使ってたアイディア出し用のクロッキー帳の至るところにフードを被った神山くんと濵田くんがいた。例の友人に

「なんか描いてるな~って覗いたら大体GODDAMN」

と言わしめたレベルで描いてた。

 

そんなライブ写真掲載誌を毎日のように眺めたり、はまかみ エピソード で検索したりして過ごしていたある日、Twitterでとんでもないレポを目撃する。

 

神ちゃん、髪色ユニコーンカラーに染めてた

 

 

 

はい?

 

 

 

 

待て待てGODDAMNのあの世界観はどうなる?だってナミノリでラッキーカラー金って言われてずっと金髪にするって言ったじゃないか!!!!!!!!(血涙) 

てか何?何色?ユニコーンユニコーンってなにいろ?????私も見たいんですけど(大混乱)

 

ハイッここから神山くんスーパー髪染め月間スタートです。

 

ユニコーン→茶髪→ヒョウ柄刈り上げ→赤髪→グレーアッシュ

 

誰だよ!金髪で行くって言ってたの!!!

 

という具合に心を掻き乱された。

横アリを円盤にしてくれと念じながら10月まで生きましたが、選ばれたのはヒョウ柄でした。

 

 

 

という訳で円盤を手に入れました。

 

本当に心待ちにしてたよ

ジャニーズ WEST LIVE TOUR 2018 WEST|ジャニーズWEST|Johnny's Entertainment Record

ジャニーズWEST LIVE TOUR 2018 WESTival [DVD]

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WESTivalライブ映像!待ってました、待ってましたとも!

フラゲして帰ってうわ~やっとだ~~!!って再生して……GODDAMNに辿り着くまでの情報量が多いな、割愛。

 

まず乗り越しラブストーリーが始まったあたりでそわそわしだす。どうしよう、来てしまう、えっまってもう吐きそう。うわ、桐山くんの椅子の後ろめっちゃ映してくれる優しい~!!まって曲終わる~!!とりあえず正座しよう。

 

 

 

 

 

ヴッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オワ…………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしよう、好きだな……………………(噛みしめ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……アッまってIYE終わるじゃんゴメン

 

 

 

 

 

 

という感じで一周目は案外静かに終わった。

二周目以降は

 

待ってめっちゃ笑ってない?すごい挑発するじゃん余裕じゃんずるい

クロバットこんなに綺麗に揃ってたっけーーー?!!後半ずるいよーーー!!!

てかヒョウ柄つっよ文句言ってすみませんでした、いやでも白黒を高画質で観たいんだよ

前髪かきあげんのムリ死人出るに決まってるでしょすき

あえっ腰の紐途中でほどいてるじゃん、えっなにそれ自己プロデュース力高過ぎすき

カメラワーク最高では?スタッフさんまじありがとうございます

相変わらず最後めっちゃ良いな……

 

っは~~~生で見てぇな~~~~~~~

 

 

 

 

 

IYEを落ち着いて観れるようになったのは5周くらいしたあとな気がする。

 

 

 

 

GODDAMNとわたしと今

 

なんでこんなに好きなんだろう。

好きな要素的なものを並べようと思えば並べられるし、今までの人生で色んな人やものを好きになって自分の中で積み立てられた好みを分析したらあの辺とあの辺が原因ぽいよな、とか思わなくはないけどそれも違う気がする。 

 

だって一目惚れだし。

あの世界に一瞬で引き込まれてしまったんだから仕方ないじゃん。好きなものは好きだよ。

 

そうだね!!!(自問自答)

 

 

 

こうしてわたしは今日も明日も明後日もきっと毒された彼らのイキザマが脳裏に焼き付いたまま生きていくのだろう。おしまい。

 

 

 

 

 

君へ

君が事務所を辞めるという報道を見たとき、なんの疑いもなく、ガセだろうと笑っていました。絶対などあり得ないのに、わたしは、君があの場所を離れることは絶対にあり得ないと思っていたのです。

ですが君の口から、はっきりと、意思を聴いたとき、何がなんだかよくわからなかったです。涙も出ずに、ただただ信じられなくて、立ち尽くしたのは覚えています。

だって本当に、君の意思で君の大切で大好きな仲間から離れる事なんてないと思ってたんです。

でもよく考えれば君の意思以外で離れることもないと思います。どんな事があっても外的要素で離れそうになったって絶対もう意地でも離さなかったでしょうから。

 

応援したい。

いってほしくない。

 

ずっとずっと考えています。

あれからずっと矛盾を腹の中に抱えています。どっちもほんとうなんです。

未だに折り合いはつけられません。それも良いかなと思います。矛盾を抱えて生きていきます。

行かないでとか、帰って来てほしいとか、言っても叶わないと知っているから、君が大好きで、私も大好きな人達が、全力で止めて、全力で下手くそな笑顔で送り出したを知っているから、君が私たちのことを蔑ろにしたことなんてないことも知っているから。

 

だから笑っていてください。

幸せでいてください。

ちゃんと生きていてください。

あなたを、生きていてください。

 

でも出来ることなら、

また、歌を聴かせてください。

声を、聴かせてください。

 

私は何度も、君の声に救われたんです。

君は何度も、何人もの人間を救っていたんです。

 

自分勝手な願いでごめんなさい。

それでも、願わずにいられないんだ。

 

嫌いになれたらきっと楽なんだろうけど、でも好きなんです。

やっぱり声がひとつ足りないのは寂しいです。

 

でも、でもね、君の大事な、戦友で、親友で、悪友で、運命共同体で、かわいい後輩で、弟みたいな仲間たちはね、しっかり君の血を継いでました。

君の先輩はね、メールでやり取りしてるよ、って教えてくれました。

君の同級生たちはね、20年前の映像を見ながら懐かしそうに笑ってましたよ。

君の背中を見て育った子達はね、私たち以上に近いところでファンやってる彼らは、私たちの気持ちも汲み取ってくれるんです。

 

だから無理に前を向くのはまだ少ししんどいけど、ちょっとずつ、下向いたままでいいから、歩こうかなって思うんです。

どうなるのかはわからないけど。わからないから歩くよ。進んだ先に君が居てくれたら、こんなに嬉しいことはないよね。

 

年が明けたらこう叫ぶつもりなんです。

 

HELLO WORLD!!!!!!!”

緑色の目をした怪物のお話


新橋演舞場で9月2日から約1ヶ月上演していた舞台オセローが昨日9月26日に千穐楽を迎えた。
とにかくお疲れ様でした、の一言に尽きてしまうほどエネルギー消費の激しい舞台だった。観てるこちらが痩せるのでは?と思うほどにカロリー消費量が高い舞台だった。


そしてあの黒い悪魔に、白い天使に、そして緑色の目をした怪物に魅せられてしまったから備忘録として残しておこうと思う。





とかまあかっこよさげに言いましたがただのいちオタクの考察と自己解釈です。ネタバレやら含みますので自己責任でどうぞ。








イアーゴーの筋書きと誤算


まず、話を動かす原因であるイアーゴーの頭の中にあった筋書きを簡単に書き出してみると、

  • 目的
  1. 副官に昇格する事
  2. オセロー(あるいはキャシオー)に復讐する事
  • 手段
  • キャシオーとデズデモーナが不倫をしているとオセローに吹き込む
  • 結果
  • オセローは嫉妬に苦しみ、キャシオーから副官の座を剥奪する


と。まあとても大まかですが。
まず目的①から。
副官に昇格する事に何故ここまでこだわるのか。
だって言い方は悪いけど将軍とかじゃなく副官だし昇格するくらいならまたチャンスがあるのでは?そう思った訳なんですが答えはあの地球儀のシーンにありました。
静かな笑顔で小さな子供みたいに大きな地球儀を弄ぶイアーゴーの後ろで流れているのが戦争の音だと気づいて、
ああ、この人は世界を手に入れたいんだ。
そう思いました。
その為にまず副官の座を手に入れなければいけなかった。
それが副官にこだわった理由です。
(追記
“副官”というよりかは“昇格”にこだわったのでしょうね。
ここの日本語がずっとおかしいなーと思ってたんですけど、やっとしっくりきたので。


目的②
この復讐は女房(エミーリア)を寝盗られた事に対して。これは本編でイアーゴーが言ってた通りですね。独白での言い方をみるとプライドを傷つけられたから仕返しする、とも取れるけれどイアーゴーはちゃんとエミーリアを愛していたんだろうなぁと思います。

オセローへの、キャシオーへの憎しみは副官にしてもらえなかった事やのうのうと副官に治まっている事も含めて強く語るのに、エミーリアに対してはひとつも憎しみを語らず、恨み言ひとつ言わなかった、否、言えなかった。

“惚れていながら疑い、怪しみながらも深く愛してしまっていた”から。

憎まれ口を叩きながらもアイコンタクトは多く、ハンカチをよこせ、と奪おうとするもひらりと躱されたのを怒るわけでも嫌な顔をするわけでもなく、ふ、と顔を綻ばせ、腕を引き抱き寄せて腰に手を回して帰す前に優しくキスをし、ハンカチの事を言いふらされる事くらい容易に想像出来たろうにその前に殺すこともせずに、悪事を暴露された後にほんの数秒殺す事を躊躇って、刺したあともすがり付くエミーリアを振り払えずに、逃げるために扉をほうを向いたのに一瞬立ち止まって振り返ってしまったのも、全て、愛していないとは到底思えない行動で。
何より
イアーゴーは浮気もしてなければ暴力を振るってもいないのです。

イアーゴーからエミーリアへの愛はあの世界の中で一番全うなものだったと思う。


手段はまあ本編そのままですね。


結果
これもその通りになったような気がしますがこれが大誤算だった。なにがってオセローの嫉妬の対象はキャシオーに向く予定だったのにデズデモーナに向いてしまったから。これが予定が狂い始めた元凶。

オセローを見誤っていたのは「竹を割ったような性格で」の言葉の通りさっぱりとして曲がったところの無いような人間だったから愛しのデズデモーナに手をあげるような事は無いだろうとイアーゴーは踏んでいた。
だけどもうひとつ、素直で信じやすいという側面と、オセローは異国人という二点が誤算の原因でした。異国人だからヴェニス人にヴェニスのお国柄を語られてしまうと信じざるを得なかったんです、
「良心があるから分からないようにするのです」
という言葉を。


そしてつまりイアーゴーはデズデモーナに危害を及ぼすつもりは毛頭無かった。それがあの台詞。

「俺もデズデモーナに惚れている」

何故バレたらそれまでの嘘しかつかなかったのか?相手が誰であっても“浮気をした”という既成事実を作ってしまえば確かなのにそれはしなかった。
デズデモーナに求婚しているロダリーゴーの橋渡しを頼まれているのにはぐらかし続けた。
「女房には女房だ」とまで言ったのに自分で寝取ることも誰かに寝取らせることもしなかったのは“惚れている”から。

え?いや惚れているなら寝取るんじゃない?惚れてるのは復讐のためとも言ってたし。ていうかさっきエミーリアを愛してたゆうたやんけ。ってなるよな、わかる、ごめん。
でもこの“惚れている”は恋慕ではない部分のほうが大きいと思うんです。人柄に惚れる、とかそういうほう。
憧憬に近いものだとすれば、デズデモーナを誰かに汚される事やデズデモーナが貞淑でないことを一番嫌っているのは実はイアーゴーで、デズデモーナを寝取るという選択肢は最初から無かったというのも納得出来る。

だからオセローがデズデモーナを殺すと断言した時憎しみと悔しさが混ざったように歯を食いしばり、デズデモーナがぶたれた時は目を見開いて信じられないものでも見るような顔をして、デズデモーナが泣いてすがりついてきた時も驚きに身を固めて抱き締める事も突き放す事もせず、自分が首を締めて殺しなさいと言ったくせにデズデモーナの死体を目の当たりにした時にはあんなに動揺してみせた訳です。

まあこれはデズデモーナだけでなく皆に言える事ですがね。
イアーゴーの筋書きでは人が死ぬ予定なんて無かったのですから。

こうしてトントン拍子に進んでいるように見えて、実のところ猛スピードで線路を逸れた電車がブレーキも効かず、元の線路に戻す事も出来ないまま崖から落ちてしまったのがイアーゴーの筋書きだったのでした。





二人の強かな女性


デズデモーナとエミーリア。
この二人の女性は正反対の考え方をしていた。

全世界が手に入ろうと夫を裏切る事は決してしないと言うデズデモーナと全世界が手に入るなら浮気の1つや2つするというエミーリア。
分かりやすく対照的な考え方の二人の共通点は夫の為だということ。

デズデモーナは夫の為に貞淑で在り続けた。

私が現在過去未来、心底夫を愛さないことがあるなら、心の平安などいらない

と、そう叫ぶ。
そうしてエミーリアに問いかける。

そんなことをして夫を裏切る女なんているのかしら

と。
個人的にここに違和感がありました。
確固たる意思を持って誓いを立てるのにこの質問は純粋すぎやしないか?と。
世間知らずのお嬢様だから?ともんもんとしているときに戯曲本のあとがきを読みました。

原典でオセローがデズデモーナをmy girlと呼ぶシーンがあるそうで、普通そのような呼び方をするときは父娘であることが多い。つまりオセローとデズデモーナは父娘ほどの年の差があったのだと。
なるほど、確かに貴族の求婚を求められる娘の年頃を考えれば簡単だ。10代後半から20代乗るか乗らないかくらいだろう。

デズデモーナは純真無垢な少女なのだ。

そう思って腑に落ちました。
オセローがキャシオーの復職を頼まれた時それを微笑ましく見つめていたのも、エミーリアが守るように覆い被さったのも、イアーゴーが子供をあやすように「泣かないで」と言ったのも、
デズデモーナが少女だからだったのだ。
そして純粋であるが故に強い女性だった。


対してエミーリアは夫の為に浮気をした。一見矛盾しているように思えるが彼女の言葉にある、

亭主を皇帝に出来るなら浮気の1つや2つしますよ、私なら煉獄の苦しみにあってもやりますね

これが全てを物語っている。
前述したようにイアーゴーは世界を手にしたかった。そしてエミーリアが浮気をした相手はオセローとキャシオー、イアーゴーの上官である二人。

エミーリアはイアーゴーを昇格させるために浮気をした。
良心があるから分からないように。

そのあと
妻が過ちを犯すのは夫のせいだと思います。
と語るが、夫が浮気をするから、暴力を振るうから、腹いせにお手当てを減らされるから。これらにイアーゴーは当てはまらない。だからこれはオセローの、または世論の話をしているんだと思っていたのですが、最後に
妻は夫に倣ったまでと分からせなきゃ
と悔しそうな顔をして言うんです。そしてその後に泣くんです。

言い訳をしているんだ。夫のために夫を裏切った罪の後ろめたさと罪悪感を、夫のせいだと言って正当化したいんだ、この人は。

エミーリアは強い女性でした。強すぎるくらいに。
剣を突きつけられても恐くないと言って北風が吹きすさむように真実を語る姿は強い以外の形容詞は思い浮かばなかった。
でもその分脆い人でもあったと思います。言い訳をしなくては罪悪感で押し潰れそうになってしまう程度には。


こうして脆そうで強く、強そうで脆い二人の正反対の女性は泣き顔で笑い合いながら男の人なんてと手を取り合って月の光の中で神に祈りました。悪事から悪事を学ばないように導かれるよう。




緑色の目をした怪物


それは勝手にどこからともなく生まれてくる怪物です


これはエミーリアの台詞です。
緑色の目をした怪物で、のくだりは有名だけどこの物語ではもう一度、嫉妬を怪物に例えられている。

オセローの中に怪物を生まれさせたのはイアーゴーの言葉ですが、イアーゴーの中にははじめからずっと怪物がいるように思えました。
少なくとも机の上で悪事を考え付いた時には既に。
机の上に立ち、悪事を思い付いたと笑い叫ぶそれは、デズデモーナと結婚したオセローへのものや、副官になったキャシオーへのもの、はたまたエミーリアを良いようにした二人へのもの、それだけだったとは思えないほど大きな怪物を内に秘めているような気がしました。もっとずっと前から根付いている何かがあるのではないかと思ったんです。

そして戯曲本の解説でその根元を見つけました。
それはこの物語は人種差別を主題に置いているように見えるが、実は階級社会に主題を置いている、というもの。
将軍という地位に身を置く管理職の軍人であるオセロー、算術の学者であるキャシオー、不動産所有者、つまり地主であるロダリーゴーと主要男性人物はほぼ上流階級に属している中でイアーゴーだけが上流階級に従属する側の人間なのだ。
そして軍人のイアーゴーは昇進する以外に階級を上げる手段が無かった。

“今の俺は俺じゃない”

所詮は黒人だと、軍人としては能無しだと、阿呆の金づるだと見下していた相手は全員イアーゴーよりも上の地位にいたのだ。
自分のほうが実力があるのに、何故認められないのか。
この劣等感とコンプレックスがいつの間にか怪物へと成り果て、気付けば内に抱えて生きてきたのだろう。

嫉妬に狂ったオセローに首を絞められた後、「正直に生きれば馬鹿をみる」と言うイアーゴーはオセローにはどう見えたのだろうか。
デズデモーナを宥めて晩餐へ送り出したあとに、白く美しいものを見たあとに、鏡に映った自分は一体どう見えたのだろうか。
勇敢だと謳われたオセローが恐れたように後退り、自分を見ているはずなのに驚いたように尻餅をついて背を向け悲痛な叫びをあげたのは、気付けばイアーゴー自身が怪物へと成り果てていたからではないでしょうか。




イアーゴーにかけられた呪い


言霊というものがあります。言葉には不思議な力があって嘘が本当に成ったり、良い言葉を言えば良いことが起こり、不吉な言葉を言えば良からぬことが起きる。
イアーゴーはそんな言葉の呪縛に掛かってしまった。

オセローがイアーゴーの足を刺して死ななかった時、オセローは言った。
“残念とは思わない。今の俺にとっては死ぬことは一番の幸せなのだから”

ロドヴィーコーには
“この下郎はできるだけ長く苦しめ、すぐに死なないような極刑があればそれに処する事にしよう”
と刑罰を下される。

そして原作にはないラストシーン。
はじめて観たとき何が起きたのか分からなかった。死体の山が築かれてイアーゴーがむくりと起き上がるのをみて、まさかここまで計算か?と一瞬思ったけど直ぐに違うと気付きました。計算ならば全て巧く行ったとあの邪悪な顔で嗤ったはずだ。一面血の海の部屋を見渡したイアーゴーの顔は一体何が起きたのか理解できない様な顔をしていたから。

あれはたぶんトルコ兵だったのだろう。
史実としてオスマンヴェネチア戦争で1571年にオスマン帝国(トルコ)はキプロスヴェネチアから奪っています。

(9/28追記
とあるレポを目にして少し違うなと思ったので追記。

乗り込んできた兵士の一人が「モンターノー殿!」と叫びながらモンターノーの首を斬った。


トルコ兵がモンターノーの事を知っていた?知っていても“殿”と敬称を付けて呼ぶか?というか本当かこのレポ?とか色々考えて思い出したのは、キプロスは植民地だということ。
確かにトルコ兵だけで偶然ヴェニスの上の人間が集まっている場に行くなんて到底無理がある。でも内通者が、トルコ派のキプロス兵がいたとしたら?
あのラストシーンはもしかしたら誰かの裏切りによって作られたものかも知れない。)


ロダリーゴーに“明日の晩になってもお前がデズデモーナをものにしていなかったら俺をあの世送りにしろ”と言い、祈りもせずに口を閉ざして死ぬ覚悟をし、ターバンを巻いたトルコ人が悪意を持ってまるで嵐の様に一瞬でその場の人間の息の根を止めたにも関わらず、幕が降りるその時までたった一人生きている。
オセローが、主人公が、死ぬことが幸せだと定義付けた世界で最期まで死ねなかったのはあまりにも不幸で、残酷な呪いでした。



イアーゴーと神山くん


そしてイアーゴーを演じた神山くんは、憑依タイプの演技をする人じゃないけど、確実に体のなかにイアーゴーを共存させていた。
そんな話をしたら姉が
「あれはヴェノムタイプ」
という秀逸な例えをくれたので引用します。
(なんのこっちゃって人はスパイダーマン3をみような!)
つまり嫉妬の怪物がシンビオートなんだ!!なるほど!!と納得しました。
すみませんでした、つまりイアーゴーという役が寄生タイプだって話です。じわじわと役者という器を蝕んで喰らって、いつの間にか自分が自分でなくなってしまうのではないか?と心配になるような、そんな役でした。

9/17の神山くんがギリギリ駆けつけたMステ。あのときの神山智洋の中にイアーゴーが見えてしまったし、イアーゴーの中には当たり前だけどいつだって神山智洋がいる。

25日間38公演、ロダリーゴーを刺し殺し、デズデモーナの死体に動揺して、エミーリアを抱き締めながら殺して、オセローの死にゆく様を見つめて、一人だけ生き残り、あの死体の海のなか立ち尽くしていたのはイアーゴーであり、神山智洋くんだったのです。

気が狂うんじゃねぇの?

22日夜のカーテンコールのレポを読んだ時、本気で思いました。

イアーゴーが抜けきれてない

Twitterで検索をかければ大体そんな事ばかり書き込まれていて、どうしたって心配しますよそりゃ。

それでもしっかり千穐楽まで駆け抜けて、喉もぼろぼろになって満身創痍だったと思いますが、きっとこの1ヶ月で手にしたものは大きい。
きっともっと凄いところまで行ける人だと知ってますので。期待しています。



1ヶ月間本当にお疲れ様でした。
キャストさんはもちろん、スタッフさん、各位関係者様、素敵な舞台をありがとうございました。
またこの座組の舞台に出逢えますよう!